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認知症介護実践者研修 1日目 メモ

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1日目が終わったのでメモ

 

認知症ケアの基本的視点

・認知症ケア=個人の尊厳の重視。

・問題対処型のケアから原因追求型のケアへ

 :問題対処型の例⇒身体拘束/虐待状態

 :原因対策型の例⇒BPSDをメッセージとして理解し、その原因を考える。

・パーソンセンタードケア

 :その人らしさを中心に置きその尊厳を支える。生活する個人を対象にしたケア。

認知症ケアの基本方針

・『利用者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができる』ようにするもの。

 ⇒グループホームの運営基準。

・『利用者がその能力に応じ“その居宅において”自立した日常生活を営むことができる』ようにするもの。

 ⇒小規模多機能型居宅介護の運営基準

認知症ケアの理念

・理念

 :決断や解釈の目的。事業、計画などの根底にある基本的な考え方。

・認知症ケアの理念/施設の理念

 :介護の実践における大事な柱。“職員全員が知り初心に帰るコト”ができるものでなくてはならない。

どう自施設の現場へ活かしていくか?

 :問題行動という言葉の意味を職場で考える。(誰にとって問題なのか?)

 :その上でBPSD(行動・心理症状)が“現在”は適切な言葉であることを共有する。

 :自施設の理念を“認知症ケア”の基本方針に照らし解釈を言語化し共有する。

 

認知症ケアの倫理

・倫理

 :人として守り行う道。善悪、正邪の判断において普遍的基準となるもの。道徳、モラル。

・人という存在の捉え方:道徳的存在と倫理的存在。

・現場における倫理の原則

 ・自“律”尊重の原則 :自己主張・自己実現。

 ・善行の原則    :良いコトをすべきであること。

 ・無危害の原則   :その方に害が降りかかるコトがない。

 ・公正の原則    :かたよりなく正当であり平等であるコト。

※日常のケアに潜んでいる倫理的問題に気がつくことができる。そのジレンマを意識する。

※自分は自分の価値観や人生観というレンズ(経験則)を通して認知症の方の状態を評価しているということを自覚する。

どう自施設の現場へ活かしていくか?

:現在いる利用者をモデルにその対応が倫理的に問題がないかを検証し、職員がそのジレンマを明確に意識するコトができるようにする。(現在、グレーであるそれに気がつくコトができる。)

 

認知症の人の理解と対応

・ねらい

 :行動・心理症状(BPSD)の発生要因と実践場面での対応を理解し、認知症ケアの実践につなげる。

・加齢に伴う身体機能の変化

・身体的変化

 :感覚機能の低下・呼吸機能の低下・泌尿器系の変化・循環機能低下・平衡感覚悪化・運動機能低下・物忘れ・認知症・骨粗鬆症 等

・多くの疾患を抱え、適応能力も低下し、社会的損失、経済的損失を被り、喪失感を得る。

・マズローの欲求階層理論を用いた周辺症状の原因解釈

 :各欲求のニードを“自分なりに”満たそうとした結果。出口を探した結果。

c.f.

・帰宅願望=安全のニードを満たすため

・部屋の隅で排尿=生理的ニードを満たしつつ、理解できる範囲で人に迷惑をかけないように配慮している。

・静かに座っている老人=迷惑はかかっていないものの、無関心、意欲低下という意味ではBPSD。

 

 ・自己実現のニード :自分らしく生きる。自分の力を発揮したいと願うコト。

 ・尊重のニード   :他者から認められ必要とされたいと願うコト。

 ・所属と愛情のニード:活動への参加、仲間との交流を願うコト。

 ・安全のニード   :安全な場所、自分のいるべき場所に身を置きたいと願うコト。

 ・生理的ニード   :生命維持に必要な欲求。(食事、睡眠、排泄、、、etc)

 

・新しい認知症の診断基準(DSM-5)

  1. 認知領域(複雑な注意機能・実行機能・学習と記憶、言語、知覚・運動、社会的認知)のうち一つ以上において、以前の能力(概ね1年以上前と比較して)より明らかに認知の低下がある。
  2. 認知機能の低下が日常生活に支障を与える。(⇒支障がない場合、加齢に伴う物忘れ。)
  3. 認知機能の低下は“せん妄の状態でのみ”現れるものではない。
  4. “他の精神疾患(うつ病・統合失調症)”を否定できる。

 

・認知症の原因疾患と割合

 アルツハイマー型認知症 50%

 脳血管性認知症     15%

 レビー小体型認知症   15%

 (以前はパーキンソン病と診断されていた例がある。)

 前頭・側頭型認知症    5%

 その他         15%

 

※混合型認知症:アルツハイマー型認知症+脳血管性認知症

※DSM

:精神障害の診断と統計マニュアル(せいしんしょうがいのしんだんととうけいマニュアル、英語: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, DSM)は、精神障害の分類(英語版)のための共通言語と標準的な基準を提示するものであり、アメリカ精神医学会によって出版された書籍である。

DSMは当初、統計調査のために作成された。DSMの第3版より、明確な診断基準を設けることで、精神科医間で精神障害の診断が異なるという診断の信頼性の問題に対応した。DSM-5は第5版。

・FAST(functional Assessment Staging)によるアルツハイマー型認知症(AD)の重症度

・stage1 正常

 :主観的にも客観的にも機能低下なし。

・stage2 年齢相応

 :モノの置き忘れの訴え。換語困難。

・stage3 境界状態

 :他人が見てわかる仕事効率の低下。

 :日常生活では機能低下は顕在化しない。

・stage4 軽度(AD)

 :社会生活、対人関係で支障が見られる。

 :日常生活のつまずき。

 :計画、段取りがつけられない。

 :時間の見当識障害の発生。

 :うつ状態の発生。

 :服薬管理に困難が生じる。

 :銀行等での通帳の取扱が困難になる。

 :近所の買い物レベルでは問題はなし。

・stage5 中等度(AD)

 :日常生活に介助が必要になる。

 :気候に合った洋服を選ぶコトが困難になる。

 :場所の見当識障害の発生。⇒警察に外出時保護されるレベル。

・stage6 やや高度(AD)

 :不適切な着衣。着衣に介助が要する。

 :靴紐を結ぶ、ボタンをはめるコトに困難が生じる。

 :入浴時、洗髪困難。

 :人物の見当識障害の発生。⇒同居家族の顔が認識できないレベル。

・stage7 高度(AD)

 :日常生活に常に介助が必要な状態。

 :簡単な指示も理解できない状態。

・認知症に間違われやすい状態と疾患

 ・加齢による変化:病的ではない状態。

 ・うつ状態による変化

 ・廃用性変化

 ・せん妄:一時的に意識が混濁し不穏、幻視、幻聴、見当識障害を発生させる。

・認知症の中核症状

 ・記憶の障害

  :物事を覚えておく、覚えるコト、思い出すコトへの障害。

 ・理解・判断力の障害

  :物事に集中したり、分散したりのコントロールができない障害。

 ・見当識障害

  :場所、時間、人の見当がつけられない障害。

 ・失語

  :言われた言葉を理解できない。気持ちを適切に言葉に出来ない障害。

 ・失行

  :運動機能が損なわれていないにも関わらず、意図した動作ができない障害。

 ・失認

  :感覚機能が損なわれていないにも関わらず、品物等が分からなくなる障害。

 ・実行機能障害

  :物事の段取りや計画が立てられなくなる。順序立てた行動ができない障害。

・行動・心理症状(BPSD)

 ・興奮

 ・攻撃性

 ・焦燥

 ・不適切な行動

 ・多動

 ・徘徊

 ・性的脱抑制

 ・無関心・意欲低下

 ・幻覚・妄想

 ・抑うつ

 ・不安

 ・不眠

 ・誤認

 

 ※出現要因:被害感、身体不調、焦燥感、不安感、不快感、ストレス

 ※基本対応:物忘れを責めない、不安感の解消、ストレスの軽減、受容的対応、残存機能への働きかけ、生活環境の整備、体調管理、情報伝達の工夫

 ※認知症の悪化要因

 :身体的要因、心理・社会的要因、環境的要因の相互作用にて。

 ・身体的要因 体調不良を自ら訴えるコトが難しく、身体疾患の悪化、身体機能低下がもたらす。

 ・心理・社会的要因 中核症状により慢性的にストレスにさらされる。

 ・環境的要因 環境変化によるリロケーションダメージ(人的・物理的)

 

行動・心理症状(BPSD)の出現要因を考える視点

 ・中核症状が本人にどのような影響を与えているか?

 ・中核症状に対する適切なケアが行われているか?

 ・身体不調や痛みなど身体的要因はないか?

 ・現在の生活環境がどのような状態にあるか?

 ・心理的要因がどのように関与しているのか?

 ・BPSDが出現する時間帯はいつか?

 ・症状が出現する前の本人の状態、様子はどうであったか?

 ・その時の周囲の様子、環境はどうであったか?

 ・その際、本人にどのような気持ちでどのようなケアを行ったか?

 ・その結果、本人の様子はどのように変化したか?

 

認知症の人は中核症状があることで、日常生活の中で困難を感じながらも、本人なりに折り合いをつけて生活していることを理解する。

認知症の人のさまざまな言葉や行動を“困った”と捉えるのではなく、私たちに向けられた、メッセージと捉え、その言葉や行動の意味を考えていくことが『認知症ケア』である。

 

どう自施設へ活かしていくか?

  • 中核症状に対する、日常生活への影響、心理面への影響、対応、認知症それぞれの病態、精神症状、身体症状、特徴的症状、神経症状を理解した上でそれぞれの利用者に対するケアを点検し見直す。
  • 認知症のBPSDを肯定的に捉え、そのサインを問題として捉えるのではなく、その原因を追求・分析していく、考えて行くことの必要性の共有。
  • アセスメントシートをある程度、評価から対応までを定型化して盛り込むべき対応をチェックできるツールの作成。(ノリとセンスに任せない。統一された思考ルール。)

 

 

未だにTwitterの使い方がしっくりこない

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Twitter

のですが、、、。

未だにどうやって使っていこうかと新年早々に考えている今。考えている間に破綻したりしてと思いながら、流れるツイートをぼーっと見つめている。

今のところ、つぶやくというより、ブログの記事を流すだけの道具になっている。実に楽しくない(笑)それでフォロワーが増えるはずもなく。きっと、ついーとに魅力がないとイケないような気がする。

今、メモはOneNoteでとっているけれども、備忘録的単語系はTwitterで流してみたらどうかと考えた今日。

 

 

今週のお題「2017年にやりたいこと」~歌ってみたをやる!他2件!~

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今週のお題「2017年にやりたいこと」

皆様!あけおめです!

今年、私がやりたいことはこの3つ!

  1. 『歌ってみた』をやる!
  2. ダイエットする!
  3. 恋人作っとく!

①『歌ってみた』をやる!

12月あたりの思いつき。ちょっと前に1年ぶりのカラオケに行ってきました。現在、準備中です(笑)最近の採点機能って楽しいですね、昔の採点機ってとりあえず声が大きくて最後までなんとなく歌っていれば60点って感じでしたが、こう、歌のテクニックで点数を稼ぐゲーム感がとても楽しい。そんな私の歌の採点アベレージは87点。テレビに出ている“歌うま”なヒトってすっごく上手なんだなって思いました。とりあえず、アベレージが95点を超えたらアップロードしようかと思っています。

②ダイエットする!

最近、激務で痩せてきましたが、、、高校時分の体重まで落としてみようかと考えています。あと8kgと大変ですが、、、動画に耐えないカラダつきなので(笑)ジムにでも通ってみようかな。

③恋人作っとく!

今の植物のような心穏やかで静かな生活も気に入っているけれども、友人の誘いもあり婚活をちょっとだけしてみようと思います(笑)

では、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昔ゴジラで泣いたことがある話

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シン・ゴジラの話ではない。あれは幼稚園児くらいのことだったと思う。親に連れられて映画のゴジラを観に行った。内容はほとんど覚えていない。そもそも、ゴジラが好きだったわけでもない。ただただ、火山の火口に沈むゴジラを見て『かわいそうだ』と思い、そして泣いた。私の親に言わせると、泣いたというよりは号泣して叫んでいたそうだ。何故、私がそれを見て泣いたのか?子供の心、先入観なしに感じたであろうあれこれを想像してみたいと思う。

思えば、ゴジラは何故に人間の敵となったのか?おそらく、子供で理解できることは、その行く先々で街を破壊して回っている、死人も出ただろうこと、なによりそれは圧倒的な驚異であったであろうことだ。同時期にウルトラマンや戦隊モノで同様の怪物がそれをしているとき、その怪物が倒されたことに子供心に何の不思議も感じず、悲しみを感じることはなかったと思う。むしろ、その結末を望んでいたはずだ。にも関わらず、強いヒーローもなく、か弱き人間がゴジラという圧倒的な驚異に立ち向かい、それを打倒したその時、私が子供心に深い悲しみを感じたのは何故であろうか?ストーリーを理解できていない私になにが起きたのだろうか?

きっと私にはこう見えていたに違いない。ゴジラはただ街を歩いているだけで、当然、体が大きいのでいろんなものを壊してしまう。でもそこに悪意はない。にも関わらず敵視され、攻撃される。攻撃されれば自分の身を守るために反撃しなければならない。やらなければやられるし、そもそも、何故、自分が攻撃されているのかも理解できないからだ。それは子供心に自分が歩いていて、草の上を歩く、小さな虫を踏みつぶしてしまう、そういったことが当然のようにあって誰からも咎められることはない。両親含め大人も普通に草木を踏みつぶしているし、花を手折ることもある。故にそれが悪いことではないと感じている。また、それをしたところで、自分に攻撃をしてくる何かがいることなど想像もしていない。そんな中、ゴジラという生き物がいて、散歩中に小さきものに攻撃されて痛手を負っている。さらに追いつめられ、火の海へ放り投げられ悲鳴を上げながら焼け死んでいる。どこからか、自分とゴジラを同一視して見ていた私には、その悲鳴を上げながら火口に沈むゴジラが自分自身に見えたのだろう。つまりかわいそうだと感じたのはゴジラを見てだが、実際のところ、私自身にかわいそうと感じたということだ。そう考えたには理由があって、一時期、私はとかく土の上や草の上を歩かなくなった時期があったらしい。(らしいというのは、私がそれを覚えていないし、それを意識していなかったので感覚としてないからだ。あくまで聞いた話故。)

この文章を書くにあたって、それがどのゴジラ作品なのか?やそのストーリーを調べることはしなかった。そもそも、純粋にコンビニのシン・ゴジラのDVDのポスターを観て、ふとフラッシュバック的に感じるところあって書き残しておきたかったからだ。

モノやテーマを擬人化したり、動物化したりする時、そこにはすでに血が通っている何かがいて、それは自分に近しい存在で、子供心にはいっそうそこに自分を投影しやすくなってしまう。そう考えると、、、深くて暗い政治的・社会的なテーマを持った存在を生物として描くのなら、当然、R指定にすべきであると私は思う。

 

自分が欲しいAndroidの情報にたどり着けないのは何故?それは愛の差だと思うの。

diary

Android eating Apple

例えば、アプリの検索をすれば、だいたいがiPhoneやiPadのアプリにたどり着く。昔々、誰かが言っていた。

webサイトはその情報が欲しい人の前にしか現れない。

アフィリエイトで稼いでるブログってどこ?みたいな話題があった時、こんな文句を見つけた。要するに、稼いでるサイトを探そうと頑張って検索して見ても、出て来るのは『稼げるサイトの作り方』を説明している“稼いでるのか稼いでるのか不明”なサイトで、稼いでるサイトというものは、そんな検索しながら欲しい情報を探している人に検索して見てもらっているサイトなんだよ~って感じの説明だったと思う。

Androidで検索すると、だいたいは“機種”や“カスタマイズ”的な話題やルート化とかマニアックなものがほとんどで、気持ちの良いアプリの説明をしてくれているサイトは少数、さらに自分が欲しいかも的なアプリを探そうと思うと骨が折れる。まぁ、アプリに関して言えば、気の利いたアプリはだいたいiOSにもあるので、そっちを見ればとも思うのだけれども、実際のところ使用感が少し思ってたのと違うコトもあるので困りモノ。故に、Androidに限って言うのなら、、、

その情報が欲しい人の前にも現れないコトがある。

何故?と疑問を持ちながら、検索窓に指を触れれば、その件に関して触れている記事もあるけれども、、、そもそもブロガーさんってMac使ってる感じするし、Mac使ってたらiPhone使っているだろうし、自ずとiOS系に偏ってくるのかなって私は思っていたり、どうなんだろう?

でも、、、よくよく考えると、iOS機とAndroid機の問題は恋愛に似ている。iOS機に関してはメーカー一つOSも機種も一系統、それは好きも嫌いも含めて受け入れる代わり彼(彼女)が私を裏切ることはないという安心感がそこにある。長く続く安心感は愛に変わることもある。

逆に、Android機はメーカー散在、機種もバージョンも枝分かれしすぎて、好きな“機種(style)”が消えてしまったり、そのメーカーがOSの更新をしてくれなかったりして未練残しながらも“サヨナラ”しなくてはならない局面がいつか見えてくる。それはつまり、甘酸っぱい恋の繰り返し。

知られた歌で言えば、、、

森高千里の言う、

『私がオバさんになっても本当に変わらない?とても心配だわあなたが若い子が好きだから』

に対して、iOS機ならYes、Android機ならNoだろう。Androidユーザーは若い子が好きである。思えば、iOS機の完成されたそれは、おばさんになってもかわいい森高千里のスペックのようだ。目移りしようがない。

西野カナの言う、

『もしも古くなってきて目移りするときは、ふたりが初めて出会ったあの日を思い出してね』

に対して、iOS機ならその出会ってからの歴史、実用性から目移りする自分を諌めるのかもしれないが、Android機なら初めて出会った日が浅すぎて、目移りは仕方あるまい。そもそも、Android機は『永久保障の私』ではない。

結婚と恋愛は違うと人は言う。まさに、結婚するならiOS機、恋愛するならAndroid機。

Android系の記事に表面的なものが多いのは、それは恋愛相手(機種)を次々と紹介していくことに似て致し方なく、iOS系の記事に使い込んでいるなりの役立つお話が多いのは、それは恋愛対象をそれは好きも嫌いも含めて受け入れて知る、それは付き合える時間も含めきっと愛の差なのだろう。

しかしながら、世の中にはAndroid機ではなく、まさに内面、Android OS自体を愛している酔狂な人間がいる。そんな少数派な人間が描くAndroidの世界は、それが故にマニアックで、その過剰な愛はヒトに理解され難く、検索され難いといったところだろうか?そもそも、この『想い』をどう検索すれば良いかも一般人には分からない(笑)

自分が欲しいAndroidの情報にたどり着けないのは、、、

やっぱり愛の差なんだろうな。

 

或る老人 サスペンス世界に住む

nursing journal

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或る老人は突然立ち上がり叫ぶ。『あいつが犯人だ!あいつが息子を畑に埋めて、今度は邪魔になった私をこんな所に棄てようとしている。』と。その老人は朝から晩までいわゆるサスペンスもののドラマや映画を見続けている。元々好きだったのだろうけれども、認知症になってしまった今では、逆にそれが彼女の世界で、また、彼女の思考の全てになっている。彼女の息子は疾走して久しい。もう帰ってくることはないだろう。やり場のない感情はこともあろうに、その嫁に向いていて、彼女のサスペンス脳が導き出した合理的な答えが、つまり息子が嫁に殺されたという結論だ。息子は殺されたのに、自分は生きて棄てられるだけとは何とも幸せな発想だ。利用する入所日は常にそんなことを言って義理の娘を悩ませている。そして、それを忘れる数刻の間は持論を誰と構わず言いふらしている。そんな彼女の思考を止める条件はたった3つ。1つは食事、もう1つは時間(数刻で何故か電池が切れたかのように止まる不思議)、最後の一つはお気に入りの職員に出会えたとき。そんな残念な老人ではあるけれども根は優しい。一回リセットされてしまえば、大変そうな職員を見ては労い、重篤な利用者を見れば自分よりも優先するように話す、他者を思いやる心に溢れている。この老人が寸手のところで誰も憎みきれないのは、皆が認知症の中に見える問題以外、社会性としてのそれではなく、むき出しになった心の中にある優しさを知っているからである。